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宿やホテルのこだわりは、なぜ伝わりづらいのか
日々の業務で慣れていることほど、あらためてその理由を説明するのはとても難しいことです。
毎朝の朝食も、客室に置く座布団も、お客様の迎え方や見送り方も。長くルーティーンを続けていくうちに、それが自分たちにとっての「普通」になっていきます。
たとえば、OTAで自分たちの宿を見てみます。客室の写真や広さ。設備や価格。食事の条件など。宿を選ぶために必要な情報が、ほかの宿と同じフォーマットで並んでいます。
ただ、ここに載らないものもあります。
地元の山菜を毎朝収穫して、朝食に採り入れていること。
温泉から上がったお客様に、地元の湧き水を冷やして出していること。
お客様が飽きないように、チェックイン時に地元のガイドブックを必ず貸し出していること。
おもてなしとして当たり前におこなう日々の積み重ねが、お客様が直感で感じるその宿の「らしさ」につながっています。
問題は、それをどう伝えるかです。
「朝食にこだわっています」「心を込めておもてなししています」。ウェブにそう書くことはできます。ただ、それだけでは、なぜその宿が日々そうしたおもてなしをしているのかまでは、お客様に伝わりません。
伝わらない理由は、見えているものがちがうから
宿やホテルを運営する側の人は、その建物が竣工するまでの経緯や、食事や接客、客室づくりに至るまで、今のカタチになっている理由を知っています。
しかし、初めて知る人に、こういったきめ細やかな気遣いの背景はなかなか見えてきません。見えているのは、写真や文章、設備、料理、サービスといった、OTAなどのウェブサイトや、ガイドブックに載っている情報です。


これは具体的に言うと、例えば、宿側が「地元の農家から野菜を仕入れている」とOTAやガイドブックなどで掲載したとします。
宿側にとっての「地元の農家から野菜を仕入れている」という情報は、その農家との関係や、収穫のタイミング、その野菜を選んでいる理由までを含めて見えている情報です。
一方で、初めて見る人が受け取る情報は、「地元の野菜を使っている宿」という情報で、地元の農家から野菜を仕入れている背景や、その野菜を選ぶ理由までは見えていません。
これは、どちらが間違っている、という訳でもありません。
ただ、見えている範囲が違います。
宿の中にある様々なこだわりをそのまま説明するだけでは、宿泊者まで届かないことがあります。必要なのは、情報を増やすことではなく、その背景にある意味を、訪れる人が理解し、受け取れる形に置き換えることです。この記事では、この置き換える工程を「翻訳」と呼びます。
ある宿の朝食を、宿泊する人の価値へ翻訳してみる
ある宿の朝食に出る焼き魚を例に、翻訳の流れを掘り下げてみます。朝食の焼き魚を、お客様が席についてから焼き始めます。

宿にとっては特別なおもてなしではなく、昔からのいつもの朝食の出し方です。
この点を、少し掘り下げてみます。なぜ、あらかじめ作り置きしておかないのか。答えはシンプルです。
「一番おいしい状態で食べて欲しいから。」
ここで掘り下げを終わりにするのではなく、さらに掘り下げます。
なぜ、一番おいしい状態で食べて欲しいと思うのか。
「せっかく旅先で迎える朝だから、温かいうちに食べて、ゆっくり一日を始めてほしいから。」
ここまで掘り下げると、「朝食は焼きたての魚をご用意しています」という説明で受けとる印象とは、少し違った見え方になってくると思います。
そう考えると、「席についてから魚を焼く」という宿側の行動が、「旅先の朝を、できたての朝食からゆっくり始められる」という、訪れる人の体験に置き換わります。
これが、この記事でいう「翻訳」です。
特別に新しい魅力を加えたわけではありません。もともと宿の中でおこなわれている行動の理由を掘り下げ、訪れる人にとって、その結果どんな時間になるのかを考えただけです。
このように考えると、宿が大切にしていることをあらためて確認できるとともに、宿の独自のこだわりも見えてきます。


宿の価値を翻訳する際のポイント
翻訳の仕方や掘り下げ方はいろいろありますが、ここではいくつかのポイントに絞って挙げてみます。
日々の業務を書き出す
シンプルに、日々繰り返していることを書き出します。
朝食の出し方、客室の整え方、お客様への声のかけ方、チェックインや見送りの仕方。「焼き魚は、お客様が席についてから焼く」のように、行動が分かるところまで具体的に書きます。深掘りするための整理をおこなうようなイメージです。
なぜそうしているのかを考えてみる
その行動をなぜ続けているのかを考えます。
焼き魚を席についてから焼くのは、「温かいうちに食べてほしいから」。さらに「なぜ」を考えると、「旅先の朝を、急がず気持ちよく始めてほしいから」という考えまで掘り下げることができます。宿が大切にしていることを言葉にするようなイメージです。
宿泊する人の体験に置き換えて考えてみる
理由を掘り下げられたら、宿泊する人の側に立って考えてみます。
「できたてを提供している」ではなく、「席についてから朝食ができあがる」
「温かい料理を出している」ではなく、「温かい朝食を前にゆっくり一日を始められる」
その日々の行動によって、宿泊する人にどんな体験が生まれるのかを言葉にしてみます。
まずは、毎日やっていることを一つ選ぶ。その理由を掘り下げて、宿泊する人にどんな時間が生まれているのかまでを考えてみる。
こうして再発見(翻訳)された価値は、新しいキャンペーンやサービスを考えるとき、建物が増設されるとき、新しい客層を考えるときなど、その後の宿づくりにおいても、何を大切にするかを考えるうえでの「軸」となります。
内側と外側、両方の視点があるから見つかるもの
宿やホテルが続けているこだわりの本質的な部分は、中にいる人にしか掘り下げられません。自分たちでは当たり前に思っていることほど、それが外からどのように見えるのか、内側からだけでは気づきにくい部分が多いと思います。一方で、初めて見る人にその宿がどのように映るかは、外から見なければ分かりません。
この両方があるからこそ、対話が必要になります。
宿の内側にあるお話を聞き、その理由を掘り下げる。外側からどう見えるかを調査し、考えながら、伝えるべき価値を一緒に整理していく。私たちが宿のブランドづくりに関わるときも、ここから始まります。
外から答えを持ち込むのではなく、すでにある本質的なものを見つけ、宿泊する人に伝わるカタチへ翻訳していく。
それが、その宿やホテルらしさを伝えるための第一歩だと考えています。